慶應義塾大学ビジネス・スクール会計分野

慶應義塾大学ビジネス・スクール(以下、KBS)の会計分野では、会計を専攻する大学院博士課程の学生を広く求めています。大学院博士課程は、研究者養成プログラムですので、学生は博士課程を修了し博士号(Ph.D.)を取得した後、大学教員になることが想定されています。幸い、会計学者は国際的にも国内的にも不足しており、会計専攻の博士の就職環境は比較的良好であると予想されます。

出身者

村上敏也

photo 1997年3月 慶應義塾大学環境情報学部卒業
2011年3月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、修士(経営学)
2015年3月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了、博士(経営学)
2016年4月 県立広島大学大学院経営管理研究科准教授
2018年4月 金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授


黄耀偉 (Wong, Yiuwai)

photo 2008年3月 中央大学商学部会計学科卒業
2010年3月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了、修士(経営学)
2015年9月 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了、博士(経営学)
2015年10月 東北大学大学院経済学研究科助教

KBSのPh.D.プログラム

会計専攻のKBS Ph.D.は、以下の3つの能力を修得することが期待されます。

  1. 学界の第一線で通用する会計の研究能力
  2. MBAプログラムなど社会人経験者向けの大学院修士課程において、現実企業の事例をもとに、KBS流のケース・メソッドで授業を行う能力
  3. 商学部や経営学部などの商学系の学部教育において、簿記の初歩から企業結合会計や金融商品会計といった上級トピックまで幅広く講義できる能力

これら3つの能力を高い水準で修得すれば、就職市場における価値はかなり高くなると思われます。次にこれら3つの能力を順に説明します。

学界の第一線で通用する会計の研究能力

博士号取得者が、第一義的には研究者である以上、レベルの高い学術論文が書ける必要があります。会計研究においては、

  • 会計を取り巻く経済的状況を数理モデル分析の手法を使って分析する分析的会計研究
  • 会計データや株価データを対象に計量経済学的手法を使って調査する実証的会計研究
  • 現実の企業がおかれた状況を深く分析する事例研究(管理会計論を含む)
  • 会計制度や関連する法律を法解釈に近いアプローチで研究する制度会計論

などの分野があります。このうちKBSで研究できるのは、主として、分析的会計研究です(なおどのようなスタイルで研究するにしても、ある程度、制度会計に親しむ必要がありますし、現実の企業についての事例研究は重要です)。

分析的会計研究

国内の他のプログラムと比較した場合、KBSのPh.D.プログラムで学ぶことができる特徴ある分野に分析的会計研究(Analytical Accounting Research)があります。分析的会計研究というのは、会計を取り巻く経済的状況を、数理モデル分析の手法をもちいて研究する分野です。

分析的会計研究のエリアは大きく分けると、(1) ゲーム理論の手法を使った分析、(2) 契約理論(エージェンシー理論)の手法を使った分析、(3) 会計情報動学など、差分方程式にもとづいた企業価値評価の分析、といったところです。(1)と(2)はミクロ経済学、とくに産業組織論(New IO)に近い領域です。(3)の分野は、離散時間の数理ファイナンスやマクロ経済動学に近い領域といえます(また、経営工学(OR)の分野でも近い領域はあるでしょう)。やや大雑把に説明するなら、分析的会計研究は会計という事象を対象としたミクロ経済学の一分野です。ここで「会計(accounting)」という言葉はかなり広く解釈されており、事実上「情報」「シグナル」という意味に近くなっています。したがって分析的会計研究は、「不確実性と情報の経済学」「情報経済学」とほとんど同じ、ないしその一部です(実際、経済学のジャーナルに論文を発表し、世間では経済学者だと思われている会計学者もいます)。

ミクロ経済学の研究との違いを強いて強調するなら、分析的会計研究では数学的一般化に対する関心が薄く、分析するモデルを具体的な経済状況の中で設定する傾向があるといえます。2人以上のプレーヤーがいれば生じる現象を分析するときには、n人の設定ではなく、2人の設定で分析することが多いですし、費用関数が凸である必要があるとき、一般の関数ではなく、2次関数を仮定することも多いです。ある現象が再現するための最少限の設定は何かを考え、その現象が生じるドライビング・フォースやメカニズムを明らかにしようという傾向が強いといえましょう。経済数学に対する要求度合いが低い代わりに、(ミクロ経済学とはちがった意味で)モデリング・センスに対する要求度合いが高いといえます。別の言い方をしますと「より制約的な仮定をおくことで、よりリッチな命題を得ようとする傾向が強い」ということです。ミクロ経済学に比べると、抽象度が低く具体的です。

以上のような文化のちがいを別とすれば、ミクロ経済学、とくに新産業組織論や金融契約理論、経営工学の研究の一部とは大きな違いはありません。ミクロ経済学や経営工学の分野で修士号や博士号を持っている人であれば、すぐになじむことができます。

なお、KBSでは、2ヶ月に1回のペースで分析的会計研究に関する研究会を開催しており、博士課程の学生にも参加してもらう予定です。この研究会に参加することは、大学院生にとって、自らの研究にプラスになるだけでなく、他の研究者との人脈を形成する貴重な場となっています。

詳細は下記URLを参照してください。

ケース・メソッドで講義をする能力

KBSは日本で最も伝統のあるビジネス・スクールであり、1960年代からハーバード・ビジネス・スクール流のケース・メソッドを導入して、実務経験のあるMBA学生の教育を行ってきました。その過程でアメリカで開発されたケース・メソッドも、日本人の学生に合う新しいケース・メソッドに深化していきました。日本とアメリカ、両国の学生の気質は大きく異なるため、アメリカでベストな手法が日本でもベストであるとはいえません。KBSでは開校以来四十数年の蓄積を経て、日本の学生向けに最適化されたKBS流ケース・メソッドと呼べる独自の手法が開発されています。

近年、日本でも社会人経験者を対象とした専門職大学院の開設が相次いでいます。そこでは教育手法としてケース・メソッドが採用されることも少なくありません。しかし日本の学生向けに最適化されたケース・メソッドで、社会人経験者相手に授業ができる大学教員は多くありません。通常はケース・メソッドの授業を受けたこともなく、また教えた経験もない大学教員が試行錯誤で、あるいは米国ビジネス・スクールでMBAやPh.D.を取得した教員がアメリカ流のケース・メソッドを直輸入して、日本の学生向けにアレンジしているのが実状です。

これに対してKBSの博士課程には、KBS流のケース・メソッドを修得するための専門の講義があります。また、KBSの博士課程の学生は、教授の指導の下で、現実の企業を題材としたケースを開発し発表することが義務づけられています。さらに、同じ校舎の中で、KBS流のケース・メソッドで教えられているMBAコースが多数あります。教材の点からいっても、KBSのケース室には、過去四十数年のあいだに開発された数千のケースが蓄積されています(多くはKBSの教員や博士課程の学生が制作したケースですが、およそ3分の1が米国ハーバード・ビジネス・スクールの翻訳ケースです)。このような環境下で、KBSの博士課程の学生は、KBS流のケース・メソッドをもちいて講義をするための体系的なトレーニングを受けることになります。KBSのPh.D.であれば、現実企業の事例をベースに社会人経験者の興味を惹きつけつつ、日本の学生向けに最適化されたケース・メソッドをもちいて、有意義な授業ができなければなりません。そしてこの能力は、大学に就職した後も学内外で大いに役立つと思われます。

簿記の初歩から上級トピックまで幅広く講義できる能力

経済学や経営工学の博士でも、会計分野の学術論文が書ける場合があります。とくに分析的会計研究の場合は、就職してからでも会計に関心があれば、会計分野で論文を書くことができます。研究アプローチ、問題意識とも、あまり大きな違いがないからです。

しかし教育となると、話は別です。商学部や経営学部において、大学一年生に簿記の初歩が講義でき、必要に応じて、企業結合会計や金融商品会計といった上級トピックも講義できる必要があります。財務会計や管理会計について、学部水準の内容を一通り講義できるかどうかは、就職にあたってきわめて重要です。多くのミクロ経済学者や経営工学者は、この基準がクリアできないため、会計ポストにおいては採用対象となりません。

学部生向けに制度会計を講義する能力を身に着けるには、おそらく2年から3年の時間がかかります。大学院博士課程において、この意味での通常の教育能力を身に着ける努力が必要です。そうでないと、就職のチャンスを自ら狭めることになります。

応募資格と典型的な応募者

KBSの博士課程に応募するためには、最低限、何らかの分野の修士号が必要です。どこの国のどの大学院で取った修士号でも、またどの分野で取った修士号でも応募可能です(ディプロマ・ミルなど非認定校の学位をのぞく)。また学術系の修士号だけでなく、MBAなどの専門職大学院で取得した修士号であっても問題ありません(KBSのMBAは通常の修士号です)。年齢にも一切限定がありません。応募要件を充たしてさえいれば、チャレンジすることができます。

とはいえ、分析的会計研究を志す場合には、数理的な分析に触れた経験のある人がいいでしょう。経済学または経営工学の分野で修士号を取得してはいるものの、分析的会計研究に専攻を変えて、大学教員のポストを狙いたいというような応募者であれば歓迎します。逆に経済数学がまったくはじめての人は、かなり意欲的な学習が必要です(いずれの場合も実際に入学が許されるかどうかは、博士課程入試の結果によります)。

KBSは学部をもたない独立大学院ですから純血主義はとらず、学閥もありません。またKBSの修士課程は主に実務家を育成するMBAプログラムなので、博士課程受験者とはプロフィールが異なります。したがってKBSのMBAをとってから、KBSのPh.D.プログラムに進学するというコースは典型的ではありません(これはKBSのMBA出身者を排除する趣旨ではありません。KBSのMBAも全く同じ条件で審査されます)。実際にいずれの大学院出身者であっても、またどんな専攻でも、KBSの博士課程入試のスタンダードに合致するかぎり、差別されることは一切ありません。

自分が実質的な意味で資格を充たしているかどうか不安な応募者は、太田康広までメールで連絡を取ってください。多少の条件に合致しないとしても、それで諦めるのではなく、積極的に動いて何とかやりとげてしまうような人のほうが研究者に向いています。研究活動は、うまくいくかどうかわからない状態で、可能性を信じて積極的に取り組んでいくものです。

学費と奨学金等

KBSの博士課程の学費は、次のとおりです。入学金が必要なのは初年度だけです。

入学金在籍基本料授業料施設設備費その他の費用合計
200,00060,000600,000150,0002,6001,012,600

ただし、学費は改訂されることがあるので、つねに次のページで最新の情報を確認するようにしてください。また、奨学金や奨学融資制度についても次のページに情報があります。

保証のかぎりではありませんが、博士課程院生は人数が少ないので、奨学金が得られる確率は高いでしょう。また、少額ですが給料が出る助教(有期・研究奨励)として雇用される博士課程院生もかなりの割合になります。

慶應義塾の外でも応募可能な制度があります。

日本学生支援機構の奨学金は、貸与であり、原則的に返済しなければなりませんが、返還免除対象者となれば返還が免除されます。博士課程は、比較的高い確率で免除になっているようです。

連絡先

博士課程の場合、受験以前に担当教員と連絡を取ることが推奨されます。

KBSの会計専攻の博士課程に関心のある人は、気軽にメールをください。yohta@keio.jp.